英語の綴りと発音の乖離

世界の言語の中でも、英語ほど「綴り」と「発音」が一致しない言語は珍しいと言われます。

小学校でローマ字を習ったあと、中学校で英語を学び始めると、誰もが一度はこう思うでしょう。

なぜ busy は「ブジー」ではなく「ビジー」なのか。

なぜ book は「ボック」ではなく「ブック」なのか。

実はこの戸惑い、英語を母語とする子どもたちも同じだそうです。むしろ、音から先に言葉を覚える英米の子どもの方が、綴りとの違いに混乱することが多いとも言われます。

こうした事情から、歴史の中で英語の綴りを統一しようという国策的な試みが何度かありました。しかし、どれも失敗に終わっています。

現代では、英語はイギリスだけでなく、アメリカ、カナダ、オーストラリア、インド、シンガポールなど世界中で使われています。これだけ多様な地域が関わっている今となっては、綴りを統一するのはほぼ不可能です。もし本気で統一したいなら、英語が世界に広がる前にやっておくべきだったでしょう。

今では、イギリス英語とアメリカ英語の間でも綴りが異なる単語が多くあります。

たとえば「色」はイギリス英語では colour、アメリカ英語では color。

「気づく」「悟る」「実現する」は realise(英)と realize(米)。

「中心」は centre(英)と center(米)。

さらに「小切手」は cheque(英)と check(米)です。

ただし「確認する」という動詞では、どちらでも check が使われます。

こうして見てみると、英語で綴りと発音を統一するなど、もはや夢のまた夢のように思えてきます。

もっとも、ネット上では through を発音どおり thru と書いたり、because を coz と略したりする人もいて、完全に希望がないわけではないのかもしれません。

とはいえ、スペリングを含め「人の書く言葉でその人の教養を測る」タイプの権威主義者は、東西を問わず存在します。そのため、複雑なスペリングを簡略化する動きが社会全体に広がる気配は、今のところあまり見られません。

明日は、英単語の「発音」と「文字」がどのように乖離していったのか、その歴史的な背景を紹介します。

(「乖離(かいり)」という言葉、皆さんなら読めると思いますが──。実は文字を“読めない人を見下す”という風潮が、イギリス社会には昔からあったんです。それが、明日の話のヒントになるかもしれません。)