一本橋

私は二十代の頃、単車の中型免許を取ろうと教習所に通っていた。

最後の見極め試験で、私は一本橋で途中から脱輪してしまい、不合格になった。

それから次の試験まで何度も練習したが、成功より失敗の方が多く、気持ちは次第に沈んでいった。

そんな時、私のメインの教官はいつも優しく声をかけてくれた。

「大丈夫ですよ。頑張りましょう。」

その教官は本当に良い人で、励ましの言葉に嘘はなかった。

だが、私が求めていたのは、励まし以上に、なぜできないのか、どうすればできるのかという具体的なアドバイスだった。

教習所には、もう一人、正反対のタイプの教官がいた。

最もチャラチャラした若い教官で、いつも女性の生徒とくだらない話をして笑っていた。

私は内心、「ああいう人は苦手だ」と思っていた。

しかしある日、その“チャラ教官”がふいに私に近づいてきて言った。

「君、右足をすぐステップに乗せないで、一本橋の真ん中くらいまで浮かせておいたらええよ。それは減点にならへんし。」

言われた通りにしてみると、驚くほど安定し、一本橋を落ちずに渡れるようになった。それどころか、気持ちが楽になって一本橋の乗り口でも足をステップに乗せるれるようになった。

その結果、次の見極め試験で私は合格した。

あの日、私は学んだ。人のタイプは様々で、立派な人格者だけが人を救うわけではないということ。優しいだけでは届かないものがあり、ふざけて見える人から思わぬ真理を学ぶこともあるということ。

私はチャラ男にもなれないし、人格者にもなれない。しかし、あの日のアドバイスのように、英語なら誰かの成長を後押しする“具体的な一歩”を示せるコーチになれるかもしれないと。

そう思わせてくれた一本橋の経験は、なんとなく今も思い出してしまう。